ガルシア=マルケスの名著『百年の孤独』にはたくさんの書評があります。なのでここでは視点をちょっと変えて読み解きたいと思います。
女性の登場人物たちに焦点を絞った彼女たちの孤独について、とくにその象徴として描かれたアマランタにスポットライトを当てます。
そこに立ち尽くしていたのは「娘であることの存在の危うさ、それゆえの自我への依存」でした。
今回テキストとして取り上げるのは1999年8月当時「全面改訳新装版」と銘打って新潮社から発行された鼓直 訳による『百年の孤独』(リンクは2024年6月下旬発行文庫版)です。
なおこの記事はネタバレを含みます。気になる方はここで閲覧をお止めください。
※この記事はSpotifyポッドキャスト『喫茶しおり』で2024年9月に公開した内容を再編集したものです。
女たちの孤独の物語
『百年の孤独』はアウレリャノ大佐を筆頭とした男たちの物語です。でもじつは世の女性たちすべての姿をあぶりだした女たちの物語でもあります。
その思いは終盤で描き出されるアマランタ、フェルナンダ、ウルスラに対する作者の熱量に顕著に表れています。
まず登場する主な女性たちを分類してみましょう。
嫁の孤独
分類の一つがまず「嫁」の枠です。
その筆頭が初代家長のホセ・アルカディオ・ブエンディアの妻であるウルスラです。彼女は長年家を取り仕切り、物語の後半までさまざまな登場人物に影響力を発揮していきます。
そして2番目が町長の七人娘の末っ子でありアウレリャノ大佐と結婚するレメディオス。幼いまま結婚し、誠心誠意一家に尽くした良い嫁でしたがアウレリャノ大佐の長き不在という不運に見舞われます。
3番目が双子の片割れアウレリャノ・セグンドの美しい妻フェルナンダです。彼女は道理を重んじるウルスラに代わり、一家に厳格な宗教色を持ち込み家風を一変させました。
この3人は家を省みない夫によって皆、孤独を味わいます。
情婦の孤独
そして一つの分類が「情婦」の枠です。
まず巨根の長男ホセ・アルカディオの愛人となるトランプ占いの商売女「ピラル・テルネラ」がいます。
そして双子の弟アウレリャノ・セグンドに家畜を繁殖させる運をもたらしたくじ売りの情婦ペトラ・コテスです。こちらはウルスラに性悪な女との関りがブエンディア家の凋落の原因の一つだ指摘されてしまいます。
このふたりはブエンディア家の男たちと世代を超えて関係していきます。いろいろとアドバイスしたり援助したりしたのですが、最後は一家のカヤの外に置かれるという孤独を味わいます
美女の孤独
三つ目の分類が「美女」の枠です。
これは先ほど「嫁」の枠で登場した、市長の末娘でアウレリャノ大佐の妻であるレメディオスと、美人コンテストにマダガスカルの女王としてカーニバルに連れてこられたフェルナンダが入りますが、やはり代表すべきは小町娘と位置付けられたもう一人のレメディオスでしょう。
彼女の出生を説明すると、巨根の持ち主ホセアルカディオと情婦のピラルテルネラの間にアルカディオが生まれます――後に銃殺刑にされる彼がサンタ・ソフィア・デラピエダと結婚して生まれたのが双子の兄弟であり、その下の娘が、ここで取り上げる小町娘のレメディオスです。
彼女はマコンド一の美女としてカーニバルの女王に選ばれますが、一方で風呂場をのぞいた男の死などによって死を呼ぶ娘という評判が立ってしまいます。そして庭先でシーツにくるまれて昇天するというファンタジックな最期を遂げます。
彼女らもあまりの美しさが故に孤独な境遇に陥ります。
娘の孤独
すべての女性は「娘」です。作者は娘ならではの運命を四つ目の枠として提起します。この枠の筆頭がアマランタ。
彼女は初代ともいえるホセ・アルカディオ・ブエンディアとウルスラの間に生まれた3人の兄妹の末っ子です。一番上の兄にホセ・アルカディオがいます。彼はある日ジプシーについていき行方をくらましましたが、その後戻ってくると巨根の持ち主で性豪として名を馳せます。そして二番めの兄がアウレリャノ大佐ですが彼もまた革命に明け暮れ不在が続きます。このように一家の柱となるべき男兄弟の長き不在の中、アマランタは本家の娘として母ウルスラを支えます。
そしてこの娘枠にはレベーカが入ります。彼女はブエンディア家の遠縁の者として両親の遺骨の入った袋を持ってに突然現れます。彼女は、土を食べました。奇行が目立ったわけですが、後に矯正され、アマランタと並ぶブエンディア家の正式な娘となります。
この二人が恋をしたのが自動ピアノのイタリア人技師ピエトロ・クレスピです。結局勝利したのはレベーカですが、結婚は永遠に延期され、結局兄弟の中の長男で巨根の持ち主ホセ・アルカディオと結婚します。しかし彼の突然の自殺によって、彼女は生涯孤独な人生を味わいます。
またピエトロ・クレスピを巡ってレベーカと壮絶な恋争いをして敗れたことからアマランタもまた「不遇」な人生を歩むことになります。これについては詳細を後程述べていきます。
なおここにメメの愛称で親しまれるクラビコード奏者となったレナータ・レメディオスも入ります。黄色い蛾を伴ったマウリシオ・バビロニアと恋に落ち、彼が銃撃されたことで以降一切を口を利かなくなり、遠い地に送られひっそり彼の子アウレリャノを産み落とします。
さらにもう一人、法王見習の神学生ホセ・アルカディとメメの兄妹のさらにその下の妹であるアマランタ・ウルスラがいます。彼女はブリュッセルからガストンという夫を連れてブエンディア家に戻りますが、そこでアウレリャノと不義の恋に陥り、結局冒頭ウルスラが血統の濃いところから生まれるとされ恐れていた豚のしっぽを持つ子を産み落とすことになってしまいます。
ここに入るアマランタ、レベーカ、メメ、アマランタ・ウルスラの4人、そして「美女枠」でご紹介した小町娘のレメディオスはいずれもブエンディア家の血族でありながら孤独で不遇な人生を味わいます。
ここまで女たちの「百年の孤独」というテーマで観てきました。どうでしょう。作者のガルシア=マルケスは、嫁、情婦、美女、娘という女性の典型的ともいえる枠組みをこしらえ、それぞれにおいて孤独を強いられる性(サガ)のようなものを表現していることがわかります。この世のあらゆる人生を取り込みぎゅうぎゅうに詰め込んだ濃縮スープのような小説において、女性もしっかりその味わいを引き立てています。
アマランタ苦悩の人生第一幕
さて、ここからは女たちの孤独の代表であるアマランタに焦点を絞ってみましょう。
彼女の苦悩の人生はまずピエトロ・クレスピとの恋で幕を開けます。
ブエンディア家はアマランタとレベーカのために家を建て替えます。その新居披露のパーティのため自動ピアノを買う。ここでイタリア人の技師ピエトロ・クレスピが登場し、まずレベーカと恋仲になります。そしてアマラントもまた彼に恋してしまいます。トランクいっぱいになるほどのラヴレターを書き溜めるのです。しかし両親はレベーカとピエトロ・クレスピの結婚を認めてしまう。あきらめきれないアマランタは自分が死ぬまで結婚は認めないと心に誓います。
しかしピエトロ・クレスピはアマランタを相手にせず自分の弟とつきあうよう示唆します。これにアマランタは深い恨みを抱いてしまいます。両親はアマランタの苦しみを察して旅行に連れ出しますが、その出発の日にも彼女はレベーカに向かってこう吐きます。
「いい気になってはだめよ。どんなに遠いところに連れていかれても、あんたの結婚だけは邪魔してみせますからね。殺すかもわからないわよ!」
出典:『百年の孤独』G・ガルシア=マルケス 著 鼓直 訳 新潮社 ※リンクは2024年6月下旬発行文庫版
すさまじい怒りですが、ここはやはり自分の弟とつきあえと相手にされなかったこと、そして突然やってきて正式な血統を持つわけではない姉レベーカに負けたこと、この二つが名家の娘という自尊心に大きな傷を負わせた結果といえるでしょう。彼女の気位の高さがそれを満たされぬ境遇にうめき声を発した最初の出来事といえます。
この後、ピエトロ・クレスピの母親の危篤の知らせが入り結婚式が延期されます。でもこれは嘘でウルスラはこれはアマランタが仕掛けたことではないかと疑います。
さらにアマランタはレベーカの婚礼衣装の制作を手伝う振りをして、タンスにしまう前に防虫剤を抜き取り虫食いだらけにしてやろうと試みます。ただこれも間一髪気付かれて新しい衣装が作られてしまう。
そしてついにアマランタは結婚を妨害する手段として結婚式の前日にコーヒーに阿片チンキを1滴混ぜます。しかしなぜか兄アウレリャノ大佐の嫁レメディオスが自家中毒で死んでしまいます。これもアマランタのせいであると疑われますが、物語にその辺りの言及はありません。
こうした結果、二人の結婚を永久に延期されることになる、その後長男ホセ・アルカディオの帰還によってレベーカは彼との結婚を決断します。
これによってようやくアマランタとピエトロ・クレスピの真剣な恋が始まります。でもここでなぜかアマランタの自尊心がまた顔を覗かせます。彼女はピエトロ・クレスピを焦らせます。そして彼が我慢しきれずプロポーズしたことにたいしてこう答えます。
「ばかなこと考えないで、クレスピ」と、微笑さえ浮かべて答えた。「死んでもあなたと結婚なんかしないわよ」
「ほんとうに愛しているのだったら、二度とこの家には来ないでちょうだい」
出典:『百年の孤独』G・ガルシア=マルケス 著 鼓直 訳 新潮社 ※リンクは2024年6月下旬発行文庫版
その結果とうとう悲嘆した彼は剃刀で手首を切り自殺してしまいます。
こうした自尊心を満たす非道な行為をしたにも関わらす、彼女は彼の自殺に対して真の悲しみを現わします。衝動的に燃えている竈かまどに手を突っ込み、以降一生黒いガーゼの包帯を巻き続けることになります。
ここに彼女の情緒の不安定さがあり、満たされない自尊心がもたらす闇を感じます。なぜなら彼の心変わりを素直に受け入れ、新しい幸せを築いていけばいいだけのことなのですから。でもそれができないのがアマランタなのです。本当は背負い切れない何かを生まれ持ってしまった可哀そうなアマランタ。
ガルシアマルケスは名家に生まれた女の業というものを描きたかったのかもしれません。
アマランタ苦悩の人生第二幕
第二幕はヘリネルド・マルケス大佐との恋です
彼はアウレリャノ大佐の盟友で、ウルスラからも家族同様の扱いを受けていました。このマルケス大佐がアマランタに恋します。実はアマランタがピエトロ・クレスピに夢中だった頃、彼は一度恋心を打ち明け、結婚まで申し込んでいました。
アマランタは彼のためにハンカチに刺繍したり、ビスケットを焼いたりしていたのですが、ウルスラから結婚を勧められるとこう言います。
「追っかけまわさななきゃならないほど男に飢えていないわ。いずれヘリネルドは銃殺されるのよ。それが気の毒だからビスケットを持って行ってやるんだわ」
出典:『百年の孤独』G・ガルシア=マルケス 著 鼓直 訳 新潮社 ※リンクは2024年6月下旬発行文庫版
そしてさらに彼が直接結婚を申し込むと
「わたし結婚しないわ、誰とも。とくに、あなたとはそうよ。あなたがほんとに愛してるのはアウレリャノだわ。あの人と結婚するわけにはいかないので、それで、私と結婚する気になったのよ」
出典:『百年の孤独』G・ガルシア=マルケス 著 鼓直 訳 新潮社 ※リンクは2024年6月下旬発行文庫版
その後も家に来る彼の顔が見たいのに必死にこらえて寝室に閉じこもるようになってしまいます。
アマランタはついに身の回りに壁を築きます。飴と鞭は、本来は相手を従属させるための手段の一つであるのですが、ここでは違います。恋に酔ってはいたいが、それ以上踏み込んで自分が幸せになることが信じられない。そして自信のなさから自己防衛のためそれを他者のせいにする。メンタルの変調が訪れます。
アマランタ苦悩の人生第三幕
第三幕は二つの恋の失敗がもたらした自虐行為とも思える淫行への逃避でした。
アウレリャノ大佐と情婦ピラル・テルネラの間にできた子アウレリャノ・ホセの面倒をみていた彼女は、まだ幼さの残る彼といっしょに風呂に入る仲となってしまいます。
朝アウレリャノ・ホセが彼女の寝床に潜り込むと、彼女の手は彼の下腹部をまさぐります。そして燃えるような愛撫を交わす仲にまでなってしまいます。肌が衰え始めたオールドミスであるアマランタにとって、それはいけないと分かっていてもやめられない快楽であり、過去の自分の非を忘れさせてくれる瞬間であったのかもしれません。しかしそれも長続きはせず、とうとうウルスラに現場を押さえられてしまいます。この結末はこうつづられています。
この出来事でアマランタは悪い夢から覚めた。深入りしすぎたことに、また子供相手の罪のないキス遊びではなくて、うらわびしい、危険な、先のない情熱に溺れようとしていることに気付いて、ひとおもいにその関係を断った。
出典:『百年の孤独』G・ガルシア=マルケス 著 鼓直 訳 新潮社 ※リンクは2024年6月下旬発行文庫版
この後、作者はすでに老いて目の見えなくなった母親のウルスラを通してアマランタへの深い同情と哀れみを示します。
その心の冷たさにあきれ、その激しい苦しみようが彼女にとっても苦の種だったアマランタが、実はこの世で最ももっとも心根のやさしい女であることを悟った。
出典:『百年の孤独』G・ガルシア=マルケス 著 鼓直 訳 新潮社 ※リンクは2024年6月下旬発行文庫版
そしてアマランタがもたらしたピエトロクレスピへのむごい仕打ちについても、マルケス大佐への真綿で首を絞めつけるような苦しみについても、母親のウルスラはこう思います。
いずれも底知れぬ愛情と自分ではどうにもならぬ恐れの葛藤の結果であり、アマランタがおのれの悩める心にいだき続けた理屈抜きの恐怖が最後には勝ちを占めたということだった。
出典:『百年の孤独』G・ガルシア=マルケス 著 鼓直 訳 新潮社 ※リンクは2024年6月下旬発行文庫版
つまりアマランタはずっと恐怖と戦い、恋するたびに負けてきたということです。
ウルスラはアマランタをこう分析する前にひとつ上の兄アウレリャノ大佐についても、彼は家族を愛したことはなく、そもそも人を愛したことがないとした上で、こう語っています。
「業にも似た自尊心に駆られて勝敗をあらそっただけ」であると。
作者はこの自尊心についてアマランタに言及してはいません。しかし先ほどから述べているように、同じ激しい自尊心が、止めようと思っても止まらない自尊心が、アマランタの恐怖の元凶ではなかったかと思うのです。
本来ならばここでアマランタの不遇の呪いは解かれるはずでした。しかし彼女はその後も淫行を繰り返してしまいます。
双子の弟でくじ売りのアウレリャノ・セグンドとフェルナンダとの間にできた長男で、後に神学生となるホセアルカディオがまだ幼いうちに、曾祖母とひ孫ほどの年齢差でありながら、風呂に入れながら娼婦のように愛撫を交わしてしまいます。
彼女の人生の逃避行は決して救われることがありません。
そしてこのアマランタにもいよいよ死が訪れます。
昔の思い出を抱き続け老年を迎えたアマランタは自身についてこう思います。
何よりも悲しく、腹立たしく、つらかったのは、匂いのきつい蛆のわいたグアバの実のような恋心を、死ぬまで引きずっていくことだった。
出典:『百年の孤独』G・ガルシア=マルケス 著 鼓直 訳 新潮社 ※リンクは2024年6月下旬発行文庫版
そして彼女はかつての恋敵であったレベーカより早く死ぬはめにならないように神に祈ります。そして呪いの行為でもあるかのように彼女のために経かたびらを織りはじめます。
しかし死は先にアマランタに訪れます。
彼女は死神に会います。そして自分のための経帷子を織るように告げられるのです。
死神は言います。
「仕上げた日の暮れ方になんの苦痛も恐怖も悲哀も感じないで息を引き取るだろう」
彼女は4年かけてゆっくり織ります。そして最後のひとハリを縫い終えると「今日の夕方私は死ぬから」と家族に伝えます。さらにすでにたいせつな人をなくした人々のために冥界への郵便物を持って日暮れに旅立つと街中の人々に知らせるのです。
イザベル神父が20年近くも怠っている告解を促しますが「心にやましいことは少しもないので神の助けはいらぬ、と答えただけ」でした。
ウルスラに処女であることを証明させ、生まれたままの体で死んでいくと宣言します。
仲の悪かったフェルナンダに仲直りのためのさようならを言いとウルスラに促されますが「いまさら無駄」と拒否します。
ここにきてアマランタは自尊心とその恐怖に打ち勝ちます。死神が予言したようにすべての苦しみから、これで解放されることを信じているから。つまりあるがままでよいことに初めて気付くのです。
アマランタの最後の姿をガルシア・マルケスはこうつづります。
手に黒い包帯を巻き、美しい経かたびらに身を包んだ、醜く、血の気のない、年老いた生娘のなきがら
出典:『百年の孤独』G・ガルシア=マルケス 著 鼓直 訳 新潮社 ※リンクは2024年6月下旬発行文庫版
これは魂の抜けた肉体の残酷な姿ですが、容赦ないこの描写は、逆に命を宿していたときの尊さを表現するものでもあると思います。これはまさに神による救いの手であり、作者ガルシアマルケスの愛ではないでしょうか。
そしてこの愛は百年の孤独を演じたすべての女たちに注がれたものであるように思います。
【対象作品】

『百年の孤独』
G・ガルシア=マルケス 著
鼓直 訳
新潮社
※リンクは2024年6月下旬発行文庫版

