認知症の老婆カケイさんが主人公で、物語はほぼそのモノローグ。斬新な取り組みが話題になり、2021年第45回すばる文学賞を受賞しています。
僕は主人公と同じ千葉県出身者であり、また古い時代を知る者として、その言い回しや昭和の暗部にリアリティを感じました。また何よりカケイさんの飄々とした人柄がとても魅力的で一気に読んでしまいました。
※この記事はネタバレを含みます。気になる方はここで閲覧をお止めください。
※Spotifyポッドキャスト『喫茶しおり』で2024年4月に公開した内容を再編集したものです。
この作品で最も胸に迫ったのはつぎのシーンです。
実の娘のみっちゃん(道子)が金魚鉢の水を飲んでしまいます。主人公のカケイさんはミシン縫いに夢中になっていてそれに気づかない。そしてみっちゃんは亡くなります。みっちゃんを実の子のように可愛がっていたカケイさんの「兄貴」も壊れていきました。
恵まれない人生を歩んできたカケイさんはリズミカルな作業で何もかも忘れられるミシンを使っての縫物が大好きでした。その唯一こころを満たしてくれる時間に最も苦しい出来事が起こってしまったのです。
その後カケイさんの口からは「区切り」という言葉が何度か出てきます。
じつは彼女はみっちゃんを産む前に堕胎を勧められていました。でも先送りしてしまう。堕胎の「区切り」がつかないカケイさんを説得にきた兄貴があきらめて帰るまで無言でミシンを踏み続け逃げます。そしてミシンでの縫物に「区切り」をつけることで堕胎という「区切り」の問題も頭から消してしまいます。
「区切りなんてもんは、自分でどうにでもつけられる」
この「区切り」はミシンと堕胎の二つに重なります。ミシンの区切りはたしかに容易いことです。でも堕胎はそうはいきませんでした。
さらに産んだ後は「里子」に出す「区切り」もつけられずにいました。兄貴に、みっちゃんに甘え、堕胎と里子の「区切り」をつけなかったことで「お天道様から罰がくだる」のでした。
老いて好きなミシンも踏めない境遇になってるのに生き続けなくちゃならないのもバツ、とカケイさんは考えるまでに。みっちゃんを失った上、長生きしなくてはならない二重の苦しみを背負います。「人生の後悔」とそれが繰り返し思い起こされる「老いの苦しみ」です。
こうした人間の業はどうしたら軽減できるのでしょう。
カケイさんは運命を素直に受け入れ、適当にあしらい、たのしむことでやりすごそうとします。
しあわせだったか? と、きかれたら、そん時は、
しあわせでした。
と、こたえてやろう。
つべこべ言わず、ひとことで、こたえてやろう。出典:『ミシンと金魚』永井みみ 著 集英社
みっちゃんを授かったことは最大の幸せ。その子を死なせてしまったことが最大の後悔。でも授かったことを喜べばいいんだ、という心境に至ります。
ここにこの物語の「生きるとは何か」のメッセージがあります。
わるいことがおこっても、なんかしらいいことがかならず、ある。
出典:『ミシンと金魚』永井みみ 著 集英社
過去を悔やむのは誰にもあることです。カケイさんは生きました。僕も苦い経験を胸の奥底に隠し持っています。「不幸」の過去を受け入れ「幸」にも目を向ける。そうやって軽口を叩きながらしぶとく日々を送ることは生き直しの手段としてよいのではないかと思いました。
カケイさんを唯一可愛がってくれていた、近所に住む老婆が死に際に手鏡を見ながら「しろいんだけど、はなびらの根元があかい」花が見えると言います。調べるとどうやらニチニチソウのよう。花言葉は「楽しい思い出」でした。
【対象作品】

『ミシンと金魚』
永井みみ 著
集英社

