Twitter(X)で「ポーの館」さんをフォローしています。エドガー・アラン・ポーを詳しく紹介されており、そこで取り上げられた短編を僕は読んでいます。
それは『オムレット公爵』でした。謎の比喩が登場したのです。ChatGPTに尋ねると当時から現在まで批評家の誰も言及していないとのこと。そこでGeminiも使い謎解きに挑んでみました。
問題の箇所は冒頭です。遥かペルーの地から贈られた小鳥を美食家であるオムレット公爵の使用人が何を勘違いしたか調理してしまう。この珍事をかんたんに記すなかでいくつかの比喩の一つにこんな記述がありました。
その晩公爵はひとりで夕食をとることになった。ひっそりした書斎で彼が物憂げによりかかっているオトマン椅子は、かつて彼が王様への忠誠心を犠牲にして――競売のとき王をだしぬいて――手にいれた、いわくつきのあの「カデーのオトマン」だった。
出典:ポオ小説全集1 エドガー・アラン・ポオ 著 永川玲二 訳 創元推理文庫
「カデーのオトマン」
権力者や金持ちたちの俗物ぶりを鋭く指摘し、シニカルな比喩でやっつけるポーのことですから、「カデーのオットマン」がそうした意図を持っていることは間違いありません。ただ、わざわざ固有名詞を付けての比喩です。何かしらの根拠があるに違いありません。
ちなみに当時の「オトマン」は現在よく知られる正方形の足置きとしてのオットマンではなく長椅子(寝椅子)を指していました。ローマ時代の昔から優雅な暮らしの象徴として寝ながら食事をとる風習がありました。それを継承している本物の貴族というわけです。
では「カデー」とは何でしょう。ChatGPTに尋ねてみました。その最初の推察がこちら。
『オムレット公爵』(原題:The Duc de L’Omelette)に登場する当該箇所の原文は
“the notorious ottoman of Cadet”
「悪名高い(あるいは有名な)カデーのオットマン」出典:ChatGPT
「カデー」のいわれとして2つが考えられる、と。
- パリのカデ通り(Rue Cadet)またはその界隈(可能性あり)
- 家具商・収集家の名(裏付け資料なし)
「カデーのオットマン椅子」は特定の様式の椅子というより、1830年代のパリ上流社会で話題になった豪華家具への言及、あるいはそのパロディと理解するのが現在では最も自然
出典:ChatGPT
そこでChatGPTに「Cadetは本当に存在する地名ですか?具体的な場所を示してください。またその評判を示した記事も挙げてください」と問いました。
Rue Cadet(カデ通り) は実在します。現在のパリ9区にあり、18世紀に土地所有者だった Cadet 家に由来する名称です。通りは現在の Rue du Faubourg-Montmartre と Rue de Montholon を結んでいます。しかし問題は、ポーが書いた「the notorious ottoman of Cadet」の Cadet がこの Rue Cadet を指すという証拠が見当たらないことです。
さらにご質問の「その評判を示した記事」についても調べましたが、
・「Rue Cadet に有名なオットマン家具があった」
・「Cadet のオットマンがパリで評判だった」
・「国王と競り合って購入した家具である」
といった記述を示す19世紀の新聞記事や一次資料は見つかりませんでした。出典:ChatGPT
そしてChatGPTは「1832年版・1836年版の『The Duc de L’Omelette』の注釈書や、ポー全集の校訂版(Mabbott版など)をさらに調べて、「Cadet」について学者がどのような注釈を付しているかを追跡できます」と提案してくれました。
そこで「1832年版・1836年版の『The Duc de L’Omelette』の注釈書」から調べてもうらことにしました。すると1点興味深い点が浮かび上がりました。
1832年初出では
the notorious ottoman of Cadet1836年以降では
「Cadet」にポー自身がフランス語風にアクサン記号を付加しています。出典:ChatGPT
わざわざ「フランスのカデーのオトマン」であることを強調しているわけです。これが後に謎解きの重要な手掛かりになりました。
さらに
「有名なオットマン」という表現自体が重要
各版とも
the notorious ottoman of Cadet
または
la fameuse ottomane de Cadet
となっています。
ここで注目すべきは、
「Cadet の家」「Rue Cadet のオットマン」ではなく「Cadet のオットマン」
という所有関係で書かれていることです。フランス語の de Cadet は、地名よりも人物名に見える書き方です。
出典:ChatGPT
しかし調査の結果
校訂版の標準的な参考文献である、Thomas Ollive Mabbott 編『The Collected Works of Edgar Allan Poe, Vol. II』の解説ページを確認しましたが、この作品全体については詳細な解説がある一方、「Cadet」の語について特別な注釈が付されている形跡は確認できませんでした。また現在確認できる主要なポー校訂版、一般的な注釈版、ポー協会の本文比較資料、フランス語訳ドイツ語訳の翻訳者注、ポー研究サイト、後世の全集注釈をたどっても、
「Cadet」が誰(何)なのかを説明した注釈が存在しない
のです。しかも、これは単なる見落としではなく、長年のポー研究でも特定できていない可能性があります。これはかなり珍しいことです。
出典:ChatGPT
なんとも迷宮入りの気配です。
でもChatGPTはあきらめません。「1830年前後の人物記録の中から「Cadet」という名の著名人を追う」という提案をしてくれました。
調査対象は
・パリの人物名録(Almanach Royal、Almanach National)
・パリの家具競売記録『Journal des Debats』
・フランス風刺・流行雑誌の1831~1832年号『Le Figaro(創刊初期)』『Le Charivari』『La Mode』『La Caricature』
しかしここでも袋小路に迷い込むことに。人物を特定することはできませんでした。
ただ1つ、これにより意外な切り口の新たな手掛かりが見出されました。
「Cadet」はパリでは珍しくない姓
1830年前後のフランスには Cadet姓の人物が多数存在します。
例えば時計師「Labaute Cadet」の作品が現存しており、1830年頃の高級置時計にその署名が見られます。
つまり、
- Cadetという姓そのものは実在する
- 美術工芸や高級調度品の世界にも Cadet姓の人物はいた
出典:ChatGPT
さらに
「cadet」はフランス語で
・末弟
・若造
・青二才
という意味も持ちます。すると
the notorious ottoman of Cadet
は固有名詞ではなく、当時のパリの風刺文化で流通していたジョーク的な呼称だった可能性出典:ChatGPT
さあ、謎解きはここで一気に核心へと近づきました。
「Cadetはジョーク」という説です。
ここでCadet姓についてGeminiに裏を取ってもらいました。
フランス人の名前に Cadet(カデ) が入るケースが多いというのは、「姓(苗字)」および歴史的な「通称(添え名)」として本当です。
ただし、現代の「ファーストネーム(下の名前)」として使われることは極めて稀です。
フランスにおける “Cadet” の普及度とその理由について、歴史的・統計的な出典を交えて解説します。苗字(姓)としての普及度
フランスの姓名統計において、「Cadet」は決して珍しい名前ではありません。
●統計データ(INSEE:フランス国立統計経済研究所): フランスの主要な家系調査データベース「Filae」や「Geneanet」がまとめたINSEEの出生記録によると、1890年以降、フランス国内で1万人以上が「Cadet」という姓で生まれています。これはフランスに数十万種類ある姓の中で、もっとも多い姓のトップ600〜700位前後(上位0.2%以内)に位置する、十分にポピュラーな部類の苗字です。
●地域的な特徴: フランス本土のピカルディ地方(北部)に多く見られるほか、歴史的な経緯からフランス領の海外県であるレユニオン島(インド洋)でも非常に頻出する苗字となっています。
出典:Filae – Popularite du nom de famille CADET(INSEE統計に基づくフランスの姓の普及度ランキング) Geneanet – Nom de famille CADET : origine et significationなぜこの名前が多いのか?(語源と歴史)
フランス人の名前に Cadet が多く組み込まれている理由は、この言葉が持つ「次男」「弟(年少者)」という意味にあります。
① 「次男・三男」を指すニックネームが姓になった
中世から近世にかけてのフランスでは、家督や財産を独占的に相続する「長男」に対し、家を継げない「次男・三男などの弟たち」を区別するために “Cadet” という言葉(ガスコーニュ語の capdet(小さな頭、小さなボス)が由来)が使われました。 これがそのまま個人を識別するニックネームとなり、やがて世代を超えて固定化されて苗字(姓)になりました。
② 複合姓(二つの名前を繋げた姓)としての広がり
フランスの歴史的な名前には、[本姓] + dit + Cadet (〜、またの名をカデと呼ぶ)という形から発展した、「Cadet de ~ (〜家の次男)」や「Cadet-Petit」といった複合姓が非常に多く存在します。 これは、同じ村や家族の中に同名の人間が増えた際、「こっちは次男(の系統)だ」と区別するために広く使われたためです。出典:フランスの著名な言語学者・人名学者マリー=テレーズ・モルレ(Marie-Therese Morlet)の著書『Dictionnaire etymologique des noms de famille』(姓氏語源辞典)において、Cadet は「長男に対比される、兄弟の中の年少者」を由来とする代表的なパトニミック(父称・愛称由来の姓)として解説されています。
歴史上の「Cadet」の例
ナポレオンの初代お抱え薬剤師となったジャン=バティスト・カデ・ド・ガシクール(Jean-Baptiste Cadet de Gassicourt)の一族などは、「Cadet」が名前に組み込まれた非常に有名なフランスの家系です。また、ボルドーワインの有名ブランド「ムートン・カデ(Mouton Cadet)」の “Cadet” も、創業者シャトー・ムートン・ロートシルトの「末息子(次男)」が手がけたことに由来しています。出典:Gemini
どうやらフランス人にCadet姓はポピュラーであるというのは事実のようです。
僕が注目したいのは
1.ポーは本文で”the notorious ottoman of Cadet”「悪名高い(あるいは有名な)カデーのオットマン」と記述している
2.フランス人にCadet姓はポピュラーである
3.Cadetは年少者を意味することがある
さて、これにより推察ではありながら、十分に確度の高い結論を得ました。
フランスの職人・商売人にCadet姓は少なくなかった。しかしその中には有名な兄の衣を借りた未熟な弟がいた。そうした眉唾者の製作する、あるいは取り扱うまがい物が出回っていたがゆえにポーは「悪名高い(有名な)」と形容したのではないでしょうか。
それ自体は当時の暗黙の冗句だったものの、あえてそれを明文化することは根拠のない「差別」と指摘される危険性があったため、誰も注釈を加えないまま、現代に至ったと思われます。
なお「競売のとき王をだしぬいて――手にいれた」とあるのは名品であるかどうか疑わしい品でありながら王も公爵も欲しければなんとしてでも自分のものにしたいという俗物ぶりをポーは強調したのでしょう。
いやはや、ポー先生の風刺はことごとくパンチが効いています。
【対象作品】

「オムレット公爵」
(『ポオ小説全集1』より)
エドガー・アラン・ポオ 著
※エドガー・アラン・ポー
永川玲二 訳
創元推理文庫

