「御伽草子」という名はどこかで聞いたことがあると思います。では実際にどのようなものか、ご存知ですか。まず「草子」とは「絵を多く入れた大衆的な読物の冊子」のこと。つまり「御伽草子」とはおとぎ話を集めた挿絵入りの本のことです。
物語の作られた年代は室町から江戸までと長く、その作者も公家や僧、町人までと多岐にわたります。読者は主に両家のご婦人や女子だったようです。
ここにご紹介する市古貞次(いちこていじ)校注の岩波文庫版は江戸中期の大阪の書店「渋川」というところが当時の主だった草子23編を選び刊行したものだそうです。錦絵風の線画がたくさんあり読み物としてとても胸躍るものではなかったかと思われます。
このなかに「さざれ石」という不老長寿の物語があります。じつはそこに国家「君が代」の冒頭部分が登場します。ウィキペディアによると「君が代」の歌詞は「10世紀初頭における最初の勅撰和歌集である『古今和歌集』の「読人知らず」の和歌を初出」とのことで、それはこの「御伽草子」だけでなくさまざまな文献に登場しているとのことです。
出典:御伽草子 市古貞次 校注 岩波文庫
この「さざれ石」はいささか教育的な側面を持ち仏教の薬師如来を称えるものです。「御伽草子」のなかではいわゆる縁起物に分類されるそうです。
では「薬師如来」とはどういったものでしょう。それは“薬師瑠璃光如来”とも呼ばれます。瑠璃光の瑠璃は現代私たちがよくいう「瑠璃色」のことですね。東方のしゅみ山の向こうにある東方浄瑠璃世界(瑠璃光浄土)の主とされます。
私たちがよく知る阿弥陀如来は西方極楽浄土の主とされます。こちらが死後にやすらぎを与えてくれるのに対して、阿弥陀如来は現世に願いを叶えてくれるとされありがたくあがめられてきました。
ちなみに如来とは修業を積んで完全な人格者となった人、悟りを開いた人のことをさします。ほかに釈迦如来,大日如来などがあります。
薬師如来はすでに悟りを開いておりいつでも仏になれるのですが、まだ人として現世にとどまり人々を救う尊いお方として位置付けれています。
本書は江戸時代の販売当時に近い歴史的仮名遣いによって綴られています。本ブログではそれをわかりやすく現代語訳してみました。学者ではないので細かい部分に間違いがあるかもしれません。それは別途お教えいただくとして、ここはその意訳をお楽しみいただければと思います。
では、どうぞおたのしみください。
さざれ石
神武天皇より12代目の成務(せいむ)天皇の時代は
とてもおめでたいものでございました。
この帝に男女あわせて38人の子があり、
38人目は女子でいらっしゃいます。
数えきれないほどの子たちの末っ子ではありましたが
そのお名前は「さざれ石の宮」と申しました。
そのお姿はとてもおきれいでしたので
たくさんのお子達のなかにあって特に愛され大切に育てられました。
そして14歳のとき
幼い天皇に代わり政務を執り行う摂政殿の妻になりました。
そのめでたさと申したらこの天下・全世界に
これ以上のものはないほどでした。
さざれ石の宮は、
つねに変化し定まらないこの世の定めをつくづく思い煩い、
仏さまに願おうとし
仏さまのいる世界は無数にあるといわれるが
なかでも最も立派な浄土は
東方にあるとされる薬師如来の世界に
及ぶものはないと思い定め、
つねに怠らず薬師様のお名前である
「南無薬師瑠璃光如来」と称えました。
ある夕暮れのことです。
月が昇る山を眺め
私の生まれる浄土はあなたさまのところですと思い
一人たたずんでいると
目の前に空中より
金の三角布を額にあてた宮使いが一人やってきて
さざれ石の宮に瑠璃の壺を捧げ
「私は薬師如来のおつかわしになった
金毘羅大将(だいじょう)である」と申しました。
「この壺に妙薬が入っている。
これは不老不死の薬である
これを服用すれば
歳をとることもなく
わずらわしい思いをすることもなく
いつも変わらぬお姿で
命が終わることもなく
いつまでもめでたく栄えることができる」
といい、かき消すように姿をくらましました。
さざれ石の宮はこの壺を受け取ると
ありがたいことに
長い間願い続けたおかげかなと
真心こめて礼をし
その良薬をなめたところ
留まるところを知らないほど甘いものでした。
青い壺に白い文字があるので
見ると歌が書いてありました。
「君が代は千代に八千代に
さざれ石の巌となりて
苔のむすまで」
とあります。
これはすなわち薬師如来のお詠みになられた歌にちがいない。
このことがあって以来お名前を変え
巌の宮と申すようになりました。
その後年月を重ね
少しも悲しいことはなく
いつも永遠に変わることのないお姿で
栄華を誇ること
そのお命は八百歳あまりの長さとなりました。
成務(せいむ)天皇、仲哀(ちゅうあい)天皇、
神功(じんごう)天皇、応神(おうじん)天皇、
仁徳(にんとく)天皇、履中(りちゅう)天皇、
反正(はんせい)允恭(いんぎょう)天皇、
安康(あんこう)天皇、雄略(ゆうりゃく)天皇、
清寧(せいねい)天皇と十一代の間
いつも変わらぬお姿で、栄えておりました。
さざれ石の宮、ある日夜通し灯し火を掲げ
薬師如来の真言を念じていると
畏れ多くも薬師如来が
とても尊いお姿で巌の宮に向かって言うことに
「なんじは、いつまでこの世界にあるのだい
人間界の楽しみはわずかであること
それ薬師如来の世界の地は瑠璃です
あなたを移す浄土は
七宝の蓮華の上に
玉(ぎょく)の宝殿を立てて黄金の扉を並べ
玉(たま)のすだれを掛け
床には錦のふとんを敷き
綾絹衣などで豪勢に着飾った数千人の女官
つぎからつぎへと入れ替わり
ありとあらゆるご馳走が
途切れなくやってきますこの薬師如来の世界では
契りのあった人が目の前にたくさんいて
なにごともこころにあるままの極楽です
その身は
人が生まれ持つ
苦しみの世界に陥ることはありません」
と言い
巌の宮を東方にあるとされる薬師如来の世界に
お導きになりました。
そのお姿を変えず、成仏されたことは
まれにみる不思議な出来事でした。
昔も、その後もそんな素晴らしいことが
あったためしはありません
今は末世の世界です
これほどのことはないとしても
神や仏を念ずる人は
どうしてその約束がないといえるでしょう。
南無薬師瑠璃光如来、南無薬師瑠璃光如来。
おんころころせんだりまとうぎそはか、
おんころころせんだりまとうぎそはか。
と呪文を唱えましょう。